植草一秀といえば本来は経済学者です。
「岩波文化人」などという言葉はもはや死語です。
しかし、岩波書店に数冊の著書があるということは、
学者としてそこそこ認められているという一つの指標になります。
ざっくり言うと財務省寄りな論調なので、
私の知っている範囲の財務官僚だけでも
彼の著書に親近感を持っている人がちらほらいました。
2001年に出された『現代日本経済政策論』を書店で見かけたとき、
「ああ、吉川洋の『転換期の日本経済』を意識してるのかなぁ」などと
読んでもいないのに勝手な推測を働かせたものでした。
何だか偉そうな物言いになってしまって申し訳ないのですが、
彼にはどうも胆力が欠けている、そんな不安がありました。
植草一秀vs.木村剛
TVでこんな場面を見た人は少なくないでしょう。
そして、植草一秀が顔を赤くして涙目になって上手く言い返せずに
唇を震わせていたシーンを覚えている人もいるでしょう。
野村総研出身にしては、踏ん張る力が乏しそうです。
「野村総研だから」などと決めつけてしまうのはいけないことですが、
それでも、山形浩生やリチャード・クー、そして野田稔などと比べると、
どうにも「いざという場面」で頼りなさそうな印象がぬぐえません。
性癖についてはまぁアレですが…(笑
あえてフォローするなら、厳しい世界にいる人間ほど
オンとオフの落差が激しいものです。
医師の合コンにお呼ばれしたことがあるのですが、
それはもう「なんだこいつ!?」なノリでした。
ついていけません。オフのおかげでオンを保っている。
そんな言葉が説得力を持ってしまいました。
まとまりない内容になりましたが、
「手鏡の人」「ミラーマン」から痴漢を経て、
次は何が来るのでしょうか。
来るべき「再チャレンジ」社会において、
彼の活躍の場はどこになるのでしょうか。
せめて学者のはしくれとして
社会に貢献できる場を選んで欲しいものです。
2006年09月15日
2006年09月07日
五百旗頭眞
五百旗頭眞といえば、高坂正堯の一番弟子です。
文学的な描写を好んでいることもあって
その著書は非常に読みやすく、
実に多様な層に支持者を抱えています。
そんな彼の一筆が物議を醸しました。
物議というほど大げさなものではないのですが、
マスコミ的には「売れるニュース」となったようです。
小泉内閣メールマガジン第248号に寄せた文章内に、
アジア外交に批判的なくだりがあったからです。
引用します。
「靖国参拝一つで、どれほどアジア外交を麻痺させ、日本が営々と
して築いてきた建設的な対外関係を悪化させたことか。」
「積み立てられた信用という対外資産は、小泉首相が靖国参拝にこだ
わったことによって、大きく損なわれた。」
特に真新しいわけでもなく、
俗に云うアカデミズムの立場としては
極めてオーソドックスな部類です。
全体の論調も5年に渡る小泉政権を極めて高く評価しています。
それでも、ニュースになりました。
唐の太宗の時代に「諫議大夫」(かんぎだいう)なる役職がありました。
字義通り、「天子(皇帝)を諫める役」です。
時には寝室にまで足を運んで政治、政務の得失を論じたようです。
有り体な言い方ですが、イエスマンならどこにでもいます。
イエスマンのリクルートなどたやすいでしょう。
自分の手足となって動いてもらうだけですから。
しかし、自分に批判的なことを言う、
敢えてもの申す人材選びは難しいです。
批判だけなら誰でもできるし、
一見すると輝いているように思える、
切れ味のある批判を口にするのは簡単だからです。
五百旗頭眞は防衛大学校長に就任しています。
この人事自体、話題になりました。
某掲示板は
「左翼が防衛にタッチするなよ」
などという書き込みで溢れていました。
ですが、私はこの人事は適役だと思っています。
思えば、高坂正堯が『現実主義者の平和論』をぶちまけた時、
やれ「右寄りエセ学者」だの
やれ「右翼学者だ!」だの言われたものでした。
高坂正堯は、今で言うなら宮澤喜一と極めて近い論調です。
保守リベラル、某掲示板風に言うならもう左翼です。
隔世の感ですね。
学者もアホではありません。
中庸の精神に欠けた人間はすぐに見放される世界です。
その時々のflashyな部分に飛びついてばかりで
その場限りでしか通用しない意見を口にする人間では生き残れません。
五百旗頭眞は本来、京大に戻る予定だったようです。
ですが、神戸赴任中に阪神大震災に遭い、
西宮の実家も含めておびただしい惨状を目の当たりにし、
「自分はもう神戸で骨をうずめよう」、そう思い立ったそうです。
阪神大震災も有事の一つです。
ギリギリの状況で思い馳せたことも数知れないでしょう。
少し強引ですが、そんなこんなで彼は適役だと思っています。
長くなってきて推敲するのも面倒くさくなったので
そのまま投稿しちゃいます、そりゃっ
文学的な描写を好んでいることもあって
その著書は非常に読みやすく、
実に多様な層に支持者を抱えています。
そんな彼の一筆が物議を醸しました。
物議というほど大げさなものではないのですが、
マスコミ的には「売れるニュース」となったようです。
小泉内閣メールマガジン第248号に寄せた文章内に、
アジア外交に批判的なくだりがあったからです。
引用します。
「靖国参拝一つで、どれほどアジア外交を麻痺させ、日本が営々と
して築いてきた建設的な対外関係を悪化させたことか。」
「積み立てられた信用という対外資産は、小泉首相が靖国参拝にこだ
わったことによって、大きく損なわれた。」
特に真新しいわけでもなく、
俗に云うアカデミズムの立場としては
極めてオーソドックスな部類です。
全体の論調も5年に渡る小泉政権を極めて高く評価しています。
それでも、ニュースになりました。
唐の太宗の時代に「諫議大夫」(かんぎだいう)なる役職がありました。
字義通り、「天子(皇帝)を諫める役」です。
時には寝室にまで足を運んで政治、政務の得失を論じたようです。
有り体な言い方ですが、イエスマンならどこにでもいます。
イエスマンのリクルートなどたやすいでしょう。
自分の手足となって動いてもらうだけですから。
しかし、自分に批判的なことを言う、
敢えてもの申す人材選びは難しいです。
批判だけなら誰でもできるし、
一見すると輝いているように思える、
切れ味のある批判を口にするのは簡単だからです。
五百旗頭眞は防衛大学校長に就任しています。
この人事自体、話題になりました。
某掲示板は
「左翼が防衛にタッチするなよ」
などという書き込みで溢れていました。
ですが、私はこの人事は適役だと思っています。
思えば、高坂正堯が『現実主義者の平和論』をぶちまけた時、
やれ「右寄りエセ学者」だの
やれ「右翼学者だ!」だの言われたものでした。
高坂正堯は、今で言うなら宮澤喜一と極めて近い論調です。
保守リベラル、某掲示板風に言うならもう左翼です。
隔世の感ですね。
学者もアホではありません。
中庸の精神に欠けた人間はすぐに見放される世界です。
その時々のflashyな部分に飛びついてばかりで
その場限りでしか通用しない意見を口にする人間では生き残れません。
五百旗頭眞は本来、京大に戻る予定だったようです。
ですが、神戸赴任中に阪神大震災に遭い、
西宮の実家も含めておびただしい惨状を目の当たりにし、
「自分はもう神戸で骨をうずめよう」、そう思い立ったそうです。
阪神大震災も有事の一つです。
ギリギリの状況で思い馳せたことも数知れないでしょう。
少し強引ですが、そんなこんなで彼は適役だと思っています。
長くなってきて推敲するのも面倒くさくなったので
そのまま投稿しちゃいます、そりゃっ

